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札幌高等裁判所 昭和61年(ラ)21号 決定

抗告人

甲野花子

主文

一  原審判を取り消す。

二  抗告の氏「甲野」を「甲山」と変更することを許可する。

理由

一抗告の趣旨及び理由

本件抗告の趣旨及び理由は、別紙のとおりである。

二当裁判所の判断

1  本件記録によれば、次の事実が認められる。

抗告人(昭和二五年七月七日生)は、甲山太郎、同月子の四女として出生し、「甲山」を称してきたところ、昭和四八年一一月二八日乙野一郎と夫の氏を称する婚姻をし、同年一二月一六日長女雪子をもうけたが、昭和五一年一一月二二日雪子の親権を抗告人と定めて乙野と協議離婚し、婚姻前の氏「甲山」に復し、その後、雪子も家庭裁判所の許可を得て昭和五二年九月一九日母の氏「甲山」を称した。

抗告人は、昭和五二年一〇月二四日甲野二郎と夫の氏を称する婚姻をし、雪子も同日甲野と養子縁組したところ、抗告人は、昭和五六年一一月九日子雪子の親権者を抗告人と定めて甲野と協議離婚したが、その際、長女雪子が小学校二年生になつていてその氏が変わるのを不憫に思い、雪子の中学校入学時に「甲山」に戻せばよいと考えて、同日戸籍法七七条の二の届出をして離婚の際に称していた氏「甲野」を称することとし、雪子は同年一二月二四日、甲野と協議離縁して縁組前の氏「甲山」に復し、抗告人と別戸籍に入籍したが、家庭裁判所の子の氏変更許可審判を得た上、昭和五七年一月一三日母の氏「甲野」を称する届出をして抗告人の戸籍に入籍した。

抗告人は、昭和五七年七月三日乙川三郎と夫の氏を称する婚姻をし、雪子も同日乙川と養子縁組したところ、抗告人は、昭和六一年四月三〇日雪子の親権者を抗告人と定めて乙川と協議離婚し、婚姻前の氏「甲野」に復し、雪子も同日乙川と協議離縁して縁組前の氏「甲野」に復し、これらにより抗告人を筆頭者とする戸籍が編製され、雪子も同戸籍に長女として入籍した。

抗告人は、右乙川三郎との協議離婚によつて当然生来の氏「甲山」に復するものと誤解し、昭和六一年四月長女雪子の中学校入学に際し、中学校の担当者に「近日中に離婚し、甲山姓に戻るので、中学校における雪子の呼称(姓)を甲山としてほしい」旨依頼し、そのように取り扱つてもらつてきたが、今後も右のように取り扱つてもらえるかを危惧しており、抗告人の氏変更ができず、雪子の氏も変更されないこととなつて、その結果中学校の右措置が取り消されると、雪子の情操上悪影響を与えるのではないかとおそれ、また、抗告人自身も過去の婚姻に対する悪い想い出を絶ち切つて今後は再婚せずに生きてゆきたいとの考えから、昭和六一年五月一二日に本件申立てをした。

以上の事実が認められる。なお、抗告人がその氏を「甲野」から「甲山」に変更することにより第三者が不測の損害を被る等社会的弊害の生ずるおそれがあると認むべき資料はない。

2 ところで、わが民法は、婚姻により氏を改めた配偶者は離婚により婚姻前の氏に復するものとして、離婚復氏を原則としており、この点は、昭和五一年法律第六六号により民法七六七条二項が設けられた後も変わりがないと解されるのであるから離婚に際し、法令に対する正確な認識がない等のため、深い思慮に基づかないで、民法七六七条二項の規定により離婚の際に称していた氏を称することとした者が、その後いまだその氏が社会的に定着しない状況の下において婚姻前の氏(生来の氏)への変更を申し出た場合には、それが恣意的ではなく、また、右変更により社会的弊害を生ずるおそれのない限り、戸籍法一〇七条一項にいう「やむを得ない事由」の存否を判断するに当たつて、その基準を一般の場合に比しある程度緩和することは許されるものと解するを相当とし、この理は、本件のごとく右の者が離婚後他方配偶者の氏を称する婚姻をした後、再度離婚した場合においても、基本的には同一に解すべきである。けだし、右の者が再度の離婚後生来の氏に復することは、特に氏に関する社会的秩序を混乱させるものではなく、かえつて離婚復氏の原則の趣旨に適うとも考えられるからである。

これを本件についてみるに、前示のとおり、抗告人は、離婚(抗告人の場合は再度の離婚)に際し「甲野」を称することとしてから約八か月の比較的短期間の後に再婚(抗告人の場合は再々婚)し、その離婚後わずか一二日の後に本件の申立てをしたものであつて、「甲野」の氏はいまだ社会的に定着したものとはいい難く、また、抗告人には氏の選択等につきやや軽卒な点が窺えるものの、これらはもつぱら子のためを思つてしたことであり、本件の申立てについても特に恣意的な事情は認められないし、更に抗告人は三度にわたつて婚姻と離婚を繰り返しているが、本件氏の変更により特に社会的弊害の生ずるおそれがあるとの資料はないのであるから、これらの点に前記認定の諸事実をあわせ考慮するとき、その氏を「甲山」に変更すべきやむを得ない事由があるものとして、本件申立てを認容するのが相当である。

3  よつて、本件抗告は理由があるから、原審判を取り消した上、抗告人の氏「甲野」を「甲山」に変更することを許可することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官丹野益男 裁判官松原直幹 裁判官岩井 俊)

抗告の趣旨

原審判は、これを取消し、本件を函館家庭裁判所に差戻すとの裁判を求める。

抗告の理由

抗告人自身については、別れた前夫甲野二郎とのいやな過去を思い出すこと等の理由は「やむを得ない事由」(戸籍法一〇七条一項)に該らないかもしれない。

しかし、長女雪子に関しては、母である抗告人の二度の離婚、長女雪子を前夫甲野二郎の養女とし、二度目の前夫乙川三郎と離婚後も、甲山姓に復氏できると誤認し、中学校入学に際しても甲山姓を名のらせる届出をしたこと等の、すべては抗告人のなせる罪であり、浅はかな知恵の結果であつて、長女雪子には何の罪もない。

さればとて、抗告人は女一人として、また母親として、懸命に生きるための、長女雪子の将来のためにと思つてなしたことでもある。

かくて、現在長女雪子は学友間において、姓は甲山で通つているも、これも学校側の異例の処置であり、本件却下ともなれば、当然学校においてはこれを問題とし、この通称甲山を許さざることになり、通称も戸籍上の甲野に変更する指導をせざるを得ず、かくなれば、好奇心をもつて、学友から、どうして甲野に変つたかと聞かれる羽目になり、あるいは自然に前記母である抗告人の罪もうわさとなりかねず、かかる事態となれば、雪子は右抗告人の罪を一身にかぶり、最も傷つきやすい女子であるから、学校拒否の態度に出るは避けられないことになり、更には今日教育問題となつている。いわゆる「いじめ」の原因にもなりかねない。

なお、以上の事柄は高校進学あるいは就職についても、障害となりかねない。

長女雪子は、すでにこれらの事柄を意識しておののいている現状にある。

以上により、殊に原審判の判断中「中学校との関係では、同女の情操を考慮し、甲山姓を通称使用していくことができる」は現在の事態に対する判断を欠くものである。

よつて、特別のご詮議を得たく本抗告に及ぶ。

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